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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(あ)1100号 判決

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を仙台地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人人見孔哉の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、職権により調査するに、原判決が是認する第一審判決の確定するところによれば、本件は、国道四号線(巾員一〇・八米)と国道一〇八号線(巾員一一米)が、宮城県古川市十日町三番二三号先で交差している交差点内で、国道四号線(南北道路)を北進していた被告人運転の七屯積大型貨物自動車が、国道一〇八号線(東西道路)を東進し、対面信号が赤色灯火の表示をしていたのに、左右道路(国道四号線)の信号機が黄色灯火を表示しているのをみて、まもなく対面信号機が青色灯火に変化するものと軽信して、該交差点に進入した佐藤耐一運転の普通乗用自動車に衝突し、次いでその衝撃で滑走した被告人運転車両が、対向中の二階堂敬伍運転の普通貨物自動車に衝突した事故に関するものであり、記録によれば、該交差点は、三点式交通信号機により交通整理の行なわれている交差点で、国道四号線上の車両の対面信号は、赤四五秒、青四五秒、黄五砂、国道一〇八号線上の車両の対面信号は、赤五〇秒、青四〇秒、黄五秒の周期のものであり、本件事故当時各正常に作動していたことがうかがわれる。

前記第一審判決を通読すると、右判決は、被告人の注意義務違反の内容として、(1) 信号の推移に注意を払い、信号が黄色灯火表示に変ったら道路交通法施行令二条所定の停止位置に確実に停止することができるよう速度を調整しつゝ交差点に接近すベきであるのにこれを怠ったこと、(2) 制限速度四〇粁毎時のところを時速約五五粁で交差点を通過しようとしたこと、(3) 対面信号が黄色灯火表示に変ったのを看過し、所定の停止位置に停止しなかったことの三つを掲げているものと解せられる。

本件事故発生当時の道路交通法施行令(昭和四五年政令二二七号による改正前のもの)二条一項の表の「信号の種類」「注意」の項、「信号の意味」の欄中第二号には、「車両等は、交差点にあってはその交差点(交差点の直近に横断歩道がある場合においては、その横断歩道の外側までの道路の部分を含む)の直前において停止しなければならず、また、交差点に入っている車両等は、その交差点の外に出なければならない。」旨定められており、同号にいう「交差点に入っている車両」には、交差点または横断歩道の外側の直前において進め信号から注意信号に変ったため、制動距離の関係で交差点内に進入してしまう車両をも含むものと解すべきである(昭和四五年政令二二七号による改正後の道路交通法施行令二条一項「信号の種類」「注意」の項「信号の意味」の欄第二号中には、「ただし、注意の信号が表示された時において当該位置に近接しているため安全に停止することができない場合を除く。」旨の但書が加えられ、この趣旨が明白にされている)。

車両の運転者に、信号の推移に注意を払い、青色灯火が黄色灯火表示に変った場合、法定の停止地点で停止できるよう速度を調整しつつ交差点に接近すべき注意義務があることは疑いないが、信号機が青色灯火を表示する時間は交差点ごとに異なり、また交通量に応じ青色灯火表示時間が変化する信号機もある状況下においては、一つ手前の交差点の信号の変化から、次の交差点の信号機が青色灯火を表示する時間を予測することは困難であり、黄色灯火表示に変った場合法定の停止地点で停止できるよう速度を調整しつつ交差点に接近すべき注意義務があるからといって、特段の指定や標識があれば格別、そうでないかぎり、該道路の最高制限速度以下に減速して、信号機により交通整理の行なわれている交差点に接近すべき注意義務があるということはできない。最高制限速度四〇粁毎時の道路においては、時速四〇粁の車両が完全に停止することができる制動距離に相応する距離が、交差点入口までにある地点で、対面信号が黄色灯火表示に変れば、時速四〇粁を超過して走行している車両にも、交差点入口手前で停止すべき注意義務があったといえるが、時速四〇粁の車両が安全に停止することができる制動距離に相応する距離が、交差点入口までにない地点で、対面信号が黄色灯火表示に変った場合には、時速四〇粁を超過して走行している車両が交差点を通過しようとしたからといって、黄色灯火表示を看過または無視した注意義務違反を問うことはできない。

第一審判決は、被告人は黄色灯火表示を看過しかつ時速約五五粁で交差点を通過しようとしたと認定しているが、時速四〇粁の車両が安全に停止することができる制動距離に相応する距離が、交差点入口までにある地点で、対面信号が黄色灯火表示に変ったかどうかという点については、事実を確定していないし、この点は、原判決によっても確定されていない。

しかも、原判決が引用する工藤秀昭の司法警察員に対する供述調書中には、「店の椅子に腰を下しているとバアーンバアーンと連続して高い音がしたので、あっ事故ではないかと反射的に感じすぐ立上って道路に出て十日町の交差点をみたのです。その時は、すぐ信号をみましたが、その時の国道四号線の菅野果物店(古川市十日町三番二三号)脇の信号は黄色でした。その信号は、すぐ赤色にはなりませんでした。」という趣旨の記載があり、同信号が黄色灯火を表示する時間は、五秒間であること前記のとおりであることに鑑れば、被告人運転車両の対面信号が青色灯火から黄色灯火表示に変ったのは、被告人の車両が本件交差点入口に近接してからであって、その時点における被告人運転車両の位置から交差点入口までに、被告人の車両が時速四〇粁で走っていたとしても安全に停止しうる制動距離に相応する距離がなかったのではないかという疑問がある。

してみれば、対面信号が黄色灯火表示に変った地点について事実の確定をすることなしに、黄色灯火の表示を看過し交差点入口手前で停止しなかったことを注意義務違反の内容としてとらえ、本件被告人の所為につき業務上過失致死傷罪にあたるとして有罪を言い渡した第一審判決には、法令の解釈を誤り、ために審理を尽くさなかった違法があり、またこの違法を看過して第一審判決を是認した原判決にも判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、第一審判決および原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

よって刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、原判決および第一審判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を第一審裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)

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